「なるほど」に隠された秘密の力で女性性を開く

よく、目上の人に「なるほど」を使うのは失礼
なんて質問を見かけます。

そのような疑問を抱くというのは、

「日本人特有の相手に対する気遣いの心によるものですから、立派なことだといえるでしょう」

という僕のこの表現で、どう感じましたか?
ちょっとそれを意識しておいてください。

では、まず結論から。

失礼ではありません。

ただ、
失礼だと思い込んでいる人が多いので、なるほどを目上に対して使うと失礼だと感じられる危険性が高いことは事実です。

ですから、
失礼だと思われたくないなら避けるに越したことはありませんが、本来はまったく失礼でも何でもありません

一般的には、「なるほどは敬語でないから、目上に使うのは避けましょう」といわれていますが、真に受ける必要はありません。

そんなのは自分の(実際はあちこちから拾い集めてきた)知識をひけらかしたいだけなので、無視するにかぎります。

「すごいおいしかった」
「ぜんぜん楽しいよ」

こんなふざけた表現がまかり通ってしまう時代に、何をいっているのでしょうか。

正確にいうなら、「なるほど」が失礼だというのではなく、

敬語ではない「なるほど」を使うより、もっと敬意を払うのに適した言葉を使うべきだ

こういうべきなのです。

さて、ここではじめの僕が使った表現

「日本人特有の相手に対する気遣いの心によるものですから、立派なことだといえるでしょう」

を思い出してください。

こう聞いて、ある取り方をする人が多いことが、厄介ごとの原因になっているのです。

その取り方とは、

お前にそんなこと言う資格があるのか

というあれです。

立派だとか偉いという表現を使うと、すぐにその話し手にそんな権限があるのかという発想をする人がいます。

上から目線だ

というわけです。

感心したり、褒めたりするのは、誰にでも与えられた自由な権利なのに、こんな発想をすることのほうがよほど貧相です。

優れた人しか他人を評価できないなどという、思考法が染みついているのでしょうね。

投影の法則を活用すれば、一目瞭然です。

そう感じているのは誰ですか?

話し手に、「よし、こいつに失礼な態度をとるために、なるほどを連発してやるか」などという思いがないかぎり、言われた側に問題があるのです。

仮に失礼な用法だという知識があっても、目の前の人の気持ちを推し量ることができれば、失礼だとは感じないはずなのです。

「この人、使い方間違っているんだな」
「別に、悪気はなさそうだ」

それで済ませられない自分を顧みることのほうが急務です。

すべての人が、失礼などではないということを知る

ことができればいいのですが、そんなことは望めません。

そこで奥の手があるんですよ。

なるほど  たしかに

と言い換えるだけでいいのです。
簡単ですよね。

「たしかに、おっしゃる通りです」を省略したようなものです。

これは、「なるほど」が自分が納得したことを重視するのに対し、「たしかに」には相手を認める意味合いが強いという違いがあるためです。

「なるほど、(そういうことか)」…自分が納得

「たしかに、(そのとおりです)」…相手を承認

という具合に省略されているものが違うのです。

勝手に納得されているより、認められたほうが当然気分がいいですよね。

ここまでの解説で、「なるほど」が失礼な表現だという誤解が完全になくなったら、以降をご覧ください。

やや寄り道をした分、先を急ぎましょう。

「受け入れる」ことのパワーを感じてください。

一見、はねつけることのほうがパワフルに感じられますが、逆です。

はねつける(拒絶する)のは、簡単です。
そうすれば、何の影響も受けなくて済みますから。
とても楽な手段です。

一方、受け入れるためには、感じたことや思うことを一旦放棄する必要があります。
何かしらの影響があることを覚悟したうえで、認めて受け入れなければなりません。

ここに負担を感じる方が多いのです。

難しいのは、受け入れること

女性性が開いていなければできないことだからです。

はじめにお伝えしたことを思い出し、「なるほど」を連発され失礼だと感じるような人のことは気にしないでください。

これからは、女性性を開く絶好のツール「なるほど」をどんどん使いましょう。

自分はこんなに認めているんだぞ。

自分はこんなに受け入れられるんだぞ。

という誇りを持ちながら。