極性の法則のわかりづらい解説

借金という言葉から受けるイメージはどんなものでしょう?
借金することがよいか悪いかの答えなどありませんから、単にいい感じがするかその逆かというレベルでのお話です。

借金を金額という(一点を指し示す)絶対的な数値ではなく、幅のある量としてとらえた場合について考えてみましょう。
この場合、借金の額が大きければ大きいほど、その対価も大きくなるわけです。

1000円借りてランチに行ったAさんと、10万円の借金をして旅行に行ったBさんでは、受け取るものが比べものになりませんよね。

借金を損失ととらえると、この考え方はわかりません。
きちんと、対価があるわけですから、損失などではないのです。
また、返済の苦労に目がいってしまう場合も同じです。
大変なら大変なほど得たものが大きいはずですから。

極性の法則を鑑みれば、Aさん、Bさんのどちらが経験の幅が大きいかは一目瞭然でしょう。

人生は幸不幸の幅が大きければ大きいほど豊かなものになる

のですから。

開かない!

つぎに、お金がない段階で先に手に入れるという発想がどうなのか、という点からみてみましょう。

  • あとで返さなければいけないという責任が発生すること
  • 縛られた感じがすること

などあまりいい印象を持つ人はいないでしょう。

でも、一般的には借金した場合は、その場で支払う際の額より返済額が大きくなります。
その分が返済を後回しにできた代金と考えれば、差し引きゼロといえます。
きちんと、先に手に入れられた恩恵に対しての代金を支払っていることになるのです。

そんなわけで、僕は「借金」という用語自体に悪いイメージを抱きません
というより、その言葉自体に意味を与えません
もちろん知識として知らないわけではなく、僕の世界では不要な用語だということです。

存在自体にまったく価値がありません。

ある点を基準とした際にそのものがどちらの極に寄っているのか

この世のすべての事象はこの見方しかできません。
何一つ絶対的な価値を与えられるものはありません。
これは、『ものさし』がある一点を0と定めることで、はじめてプラス・マイナスを決められることと同じです。

なので、僕は1000円持っている太郎君と500円の借りがある花子さんに何ら差を感じません。
強いていえば、二人の間には1500円という程度の差があるというだけのことです。

普通は、
太郎  +1000
花子  -500
というふうに瞬時にとらえるのでしょう。

でも、考えてみてください。

どうしていつでも0が基準なのでしょう?

「どこの誰が決めたんだ?」って話ですよ。

もし、300円持っているボブ君を基準にしたら
太郎  +700
花子  -800
となるはずです。

このように常に不変なものは、二人の間にある1500円という程度の差だけなのです。

なぜ割合が?

いかがですか?
たまたま、0円というものを基準にして考え出された、「借金」などという用語に何の意味もないことがお解りいただけたのではないでしょうか。
でも、ちょっとお待ちください。

あるものを考えた場合だけ、借金というシステムが諸悪の根源のように思えます。
借金というものに必ずつきまとう利子という厄介者のことです。
これが世界に平和が訪れない原因だと気づいている人がどれだけいるのでしょうか?

画像で察しがついたでしょうが、「何いってるの?」に対する答がこちらにあります。