「節約」のつもりが「失礼」になってしまう考え方

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たまにだから…

「たまにしか着ないから安いのでいいや」

礼服売り場で聞こえてきたセリフです。
よくありがちな考えですが、ちょっと考えるだけでどれほど愚かなのかが解ります。

普段着に金をかけはするのに、大事なシーンでの晴れ着は安物で済ます。

礼を尽くすという言葉の意味がわかっていない社会人が溢れています。

ここぞというときに限って粗末なものを選ぶ。

完全に真逆の発想ではないですか。
しかも、この明らかな矛盾に気づくことができない人が多すぎます。

自分が毎日飲むのはレギュラーコーヒーなのに、たまに来る客にはインスタントコーヒーを出す。
毎日使う練習用のラケットは高級品、試合用のものはたまにしか使わないから安物。

これと何が違うというのでしょうか。

頻度は関係ない

「たまにだから…」

こういう人は頻度に惑わされています。
使用頻度により優先順位を決めてしまうのでしょう。
安直すぎます。
頻度に何の意味があるというのでしょう。

仮に、頻度を考えたとしても、それこそしょっちゅう使うと痛むから高価なものは避けるべきではないでしょうか。
「たまに使うものにこそいいものを」のはずですが。

いずれにしても矛盾しているんですよ。

重要度が変化するのか?

別の見方をしてみましょう。

大切な人とたくさん会うことになり、回数が増えるに連れてその重要度が低くなる。
そんなわけないですよね。
先ほどのような人たちは回を重ねるたびに、だんだん粗末なものを身に着けていくようになるのでしょうか?

彼らの

たまにだから → 安物
しょっちゅう → 高価なもの

という思考法からすれば、

頻度により重要度は変化したりません。
それとも、ごまかしを企んでいるのでしょうか。

「たった一回なら気づかれないだろう」
いえいえ、
たった一回という重要なシーンだからこそ人は気にするのです。

審査員の目が厳しいときに限って、適当に済まそうというのと同じことです。
やはり、思い違いをしてますよね。

学識ではなく志の欠如

なぜそんな発想が湧いてくるのか。
あまりにも矛盾している。
あまりにもはなはだしい

その原因が気になっていたところ、大きな勘違いに気づいてしまいました。
そもそも、大前提からして違っていたのです。

志がない

これに尽きます。

「大切だからきちんとしよう」という発想が欠けてしまっている

ことが原因なのです。
これが欠落していると、「もったいない」「無駄だ」「節約しよう」といったエゴにまみれた発想に取り込まれてしまうのです。

あの人は大切だ、あの会は重要だという意識があれば、しっかりとした志が芽生えるはずなのです。
仮にも人間なんですから。

すべて矛盾でも思い違いでもありません

そんな高尚なものではなく、単に義務感にまみれた仕方なくという発想が原因だったのです。