あなたにとって本当に無縁な人はこんな人です

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こんなたとえを思い浮かべてください。

  • テニスが好きな人
  • テニスが嫌いな人

この場合、それぞれは相反する人たちのように思えますよね。
わかりやすくするために、

「好き」という方向性を、+(プラス)
「嫌い」というほうを、-(マイナス)

ということにしましょう。

たしかに、それぞれは反対の方向に向かっているようです。
プラスとマイナスという両に向かっているわけですからね。

では、そのときの境界線は?
真ん中ってどこなのでしょう?

白線の上に

好き嫌いメーターを使用し、各々の好き嫌い指数を計測すれば、真ん中の50以上を「好きな人」、50未満を「嫌いな人」と分類することができる…なんてことはありません。

なぜなら、真ん中なんてものを定めることはできませんから。
テニスのように白線の内側か外側かで判定するなどということは不可能です。
そもそも、その白線が引けません。

要するに、好きと嫌いなんてカンタンに考えようとするから、勘違いしてしまうんですよ。
一口に好きだといっても、人によりその程度が異なりますからね。

とにかく好きで「どんなスポーツよりも好きだ」

という人もいれば、

好きなんだけど「サッカーに比べるとそれほどでもない」

という人もいます。

このように、好きな人グループの中でも、より好きな人とさほどでもない人がいるのです。
その両者を比較したら、さほどでもない人はより好きな人に比べ、嫌いな部類だといえるかもしれません。そう考えると、とても数値化なんてできるわけがありません。

すべての人たちの真ん中を定めることは不可能ですから、どこからが好きで、どこからが嫌いということは決められないのです。
完全に二つのグループに分けることなど不可能だ、ということが理解できましたか?

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比べることしかできない

ここまでは、極性の法則の解説でした。
一旦、ここで整理しておきます。

・無限につづく、プラス・マイナス両方向に伸びるものさしの中で、どの位置にいるのかが定められるだけで、真ん中は決められない。
・方向性についてはプラスかマイナスかは決められるが、それ自体がどちらであるということは決められない。

このように、両者は同じ性質に関して程度を問題にしているという意味で、同じグループに属していると考えられるのです。
だから、比べることができます。

それに対して、関心や興味がないという人たちは、程度を問題にする以前なのです。
いってみれば、エントリーすらしていません。
部外者ということですね。

  1. 賛成
  2. 反対
  3. 意思表示せず

という三者がいた場合、

一般的には、1が応援、2が敵対、3が中立と分けられるでしょう。
ところが、これがとんでもない思い違いなんですよ。

正しくは、

1と2が応援3が敵対

です。

賛成も反対も反応するという意味合いでは、まったく同じ行動です。
ところが、意思表示をしないというのは、同じかどうか以前の問題です。
反応すらしないわけですから。
反応の内容をとやかくいうことすらできないわけです。

関心を示してくれて、反応までしてくれる人と、無関心で何のフィードバックもしてくれない人とでは雲泥の差があるということです。
別の世界に存在しているといってもいいほどです。

極の幅が広いほど

次のようなことを考えてみましょう。

1と2のような人たちと、3のような人たちの決定的な違いです。

たとえばあなたがこの記事をどう思うかで、記事の価値が左右されたりはしません。
当然、僕もそんなことで一喜一憂しません。

あるお題に対して、その人がどう反応したか

ということが確定するだけのことですから。
決まるのは記事の価値ではなく、

あなたの価値の方なのです。

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何かを感じ、それをどういう形であれ(どちらの方向性であれ)、フィードバックできる人かどうか。
その点で価値を問われます。

● 道端に咲いている花にたとえてみましょう。

その花を見て、「ああ、きれいだな」「ありふれた花だな」と反応を示す人と、気にも留めない人との差です。両性の法則からわかるように、女性性が開いているかいないかということですね。

● ラーメン屋にたとえてみましょう。

そのラーメンを食べてみて、「こりゃ旨い」「脂っこいな」と反応を示す人と、入店しようともしない人との差です。

● 公開されたばかりの新作映画にたとえてみましょう。

その映画を観てみて、「面白かったなあ」「駄作だったな」と反応を示す人と、映画館に足を運ばない人との差です。

どの場合を見ても感じますよね。
はじめの二人のほうが人間味がありませんか?

人間味があるかないか、つまり感動できる人間かどうかということです。

どう考えても無関心が美徳だなんて思えませんよね。

笑わない国の人々?

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※ そんなイメージがあるとよく言われるだけで、事実ではありません。

以前、世の中に笑わない子どもが増加しだしたことが話題になりましたが、もうそれが当たり前の世の中になりました。
その原因と解決法に関しては本題から逸れるので割愛しますが、とても恐ろしいことになっています。
この宇宙にはたらく極性の法則に逆らって存在しているということができるでしょう。

今では、当時のそんな子どもたちが親になり、世の中に同じような人間を増やしつづけているのです。
どこかで歯止めをかけないと、この世は能面ヅラした人間で溢れかえることになるでしょう。

小さなお子さんをお持ちの方、ぜひ確認してみてください。

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我が子が笑うかどうかを。